過去、コソボが独立国として機能していた歴史は無く、また民族自決という観点から見ても、そこには矛盾がある。クルドやチベットの例を出すまでもなく、国を持たぬ民が独立を希求することを民族自決と定義するならば、コソボの場合は隣にアルバニアという「本国」がすでに存在している。今年春、州都プリティシュナの人々に、貴方は何人か? と手当たりしだいに聞いたら全員が「アルバニア人」と答えた。なるほど文字の表記や行政参加の民族配置もセルビア人のために配慮はされているが、有機的に機能はしていない。

青春と読書(集英社)2008年12月号、p.63 木村元彦ノーベル平和賞とはなにか? ――マルッティ・アハティサーリ受賞によせて」

「日本ではほとんど報道されなかった」というコソボにおける力関係の反転。こういう反転は、いとも簡単に起きる。

同一民族による二つ目の国を認めるという世界史上初のことをアハティサーリは勧告したのである。そのことの影響は今後、必ず出てくるであろう。

Wikipediaの「コソボ」の項目には「2008年8月の時点で独立を承認しているのは、国連加盟192国のうち50国程度」とある。下の方にはコソボの国家承認の状況を色分けで示した地図もあって、大変興味深い。

081218-226