2009-01-01から1年間の記事一覧

伊坂幸太郎『重力ピエロ』(新潮社、2003年)

本を読んだことで、映画の『重力ピエロ』(森淳一監督)の評価が私の中で一段と高まっている。本より映画の方がいいことってそうはないのであるが。『愛を読むひと』(原作は『朗読者』)も映画の方がよかったが、あっちは本を先に読んでいたから、受け止め…

林望『リンボウ先生家事を論ず くりやのくりごと』(小学館、1998年)

冗談でも揚言でもなく、私は料理が上手い。そう言うと、「男の料理」のようなものを想像して、ふと意地悪い笑いを浮かべる女の人もいることかと想像されるのだが、それはとんだ見当はずれというものである。(p.133) 「揚言」に「ようげん」のルビ なにしろ…

別役実『日々の暮し方』(白水社、1990年)

「日々の暮し方」というのは、そりゃ人それぞれあるのだろうと思うが、別役実が日々を暮らすとなると、それは全部「正しいやり方」でもってなされなければならないらしい。なにしろ本を開くと、「正しい退屈の仕方」だの「正しい電信柱の登り方」だのがずら…

プーラン・デヴィ(武者圭子訳)『女盗賊プーラン』下巻(草思社、1997)

わたしが何も話さないうちから、なんと多くの人がわたしについて語ってきたことだろう。なんと多くの人がわたしの写真を撮り、それをいかに自分勝手に使ってきたことか。虐待され、辱められて、なお生きている貧しい村娘を、人々は軽蔑してきた。 助けを求め…

プーラン・デヴィ(武者圭子訳)『女盗賊プーラン』上巻(草思社、1997)

母は、その子にお乳をやらないことに決めた。それでその子を育てるのは、わたしたち姉妹の役目になった。母は畑の仕事がいそがしく、とても赤ん坊の面倒は見ていられないというのである。わたしたちはなんとかして、ミルクを調達しなければならなかった。そ…

カズオ・イシグロ(土屋政雄訳)『わたしを離さないで』(早川書房、2006年、解説:柴田元幸)

あなた方の人生はもう決まっています。(p.98) ネタバレ満載で平気な私(それなりの理由はあるのだ。私だって前知識は嫌い。でもそれはその人が避ければいいことなんでね)だが、さすがにこの本について書くのは躊躇われた。で、これだけ。カズオ・イシグロ…

『太宰治全集』8巻(ちくま文庫、1989年)

「大きいね。トラックが大きいね。」とお母さんはすぐに僕を口真似してからかった。 「大きくはないけど、強いんだ。すごい馬力だ。たしかに十万馬力くらいだった。」 「さては、いまのは原子トラックかな?」お母さんも、けさは、はしゃいでいる。(p.143『…

米原万里『打ちのめされるようなすごい本』(文藝春秋、2006年)

昨年五月二十五日に五十六歳で亡くなったロシア語通訳者でもあった米原万里の書評集で、週刊文春での書評が、3/5ほどを占めている。仕事の関係もあってロシア関連の、多分硬質のノンフィクションが多いはずだが、まったく退屈することがなかった。この書評集…

カーレド・ホッセイニ(佐藤耕士訳)『君のためなら千回でも』下巻(ハヤカワepi文庫、2007年)

(略)おれの長男の目ン玉を賭けてもいいが、あんた、そのパコール帽をかぶるのははじめてじゃないのか」ファリドは、若くして朽ちかけた歯を見せて、にやりと笑った。「いい線いってるだろ?」 「どうしてそんなこというんだい」 「あんたが知りたがったん…

カーレド・ホッセイニ(佐藤耕士訳)『君のためなら千回でも』上巻(ハヤカワepi文庫、2007年)

「いいか、ムッラーがなにを教えようと、罪はひとつ、たったひとつしかない。それは盗みだ。ほかの罪はどれも、盗みの変種にすぎない。わかるか?」(p.33) 主人公アミールの父ババの教え。ムッラーは先生。「男を殺せば、それは男の命を盗むこと」で「男に…

枡野浩一『ますの。枡野浩一短歌集』(実業之日本社、1999年)

差別とは言わないまでもドラマではホステスの名は決まってアケミ(p.64) そう言われてみると……って、テレビドラマなんてほとんど見たことがないっていうのに、同調しちゃったら可笑しいのだけど……思い込みで作ってないんだよね。 でも僕は口語で行くよ 単調…

香山リカ『文章は写経のように書くのがいい』(ミシマ社、2009年)

とくに私の場合はすべて健康保険診療なので、どうしてもたくさんの患者さんを診なければならない。「一回二万円払ってもいいから一時間くらい話を聞いてほしい」という患者さんは自由診療の精神科医に紹介して、「医療費は安いけれどひとりにかけられる時間…

森まゆみ『女三人のシベリア鉄道』(集英社、2009年)

女性史の上で、与謝野晶子ほど圧倒される人はいない。彼女は生涯に五万首余の歌を詠み、十三人子を産み、そのうち十一人が育った(一人死産、一人生後すぐ夭折)。子どもの着物も自分で縫った。歌のみならず詩を、小説を、童話を書き、大正期には評論、随筆…

浦沢直樹『20世紀少年』第1〜22巻、『21世紀少年』上、下巻(ビッグコミックス、2000〜2007年)

「私………漫画のことはよくわかりません。ただ………」 「ただ、どうした。」 「あくまで一読者の感想として素直に言わせていただきますと……この作品からは……お二人の熱い志が伝わってまいりません。うわべだけの恋愛を描かれるより……荒唐無稽のようでも、私が見…

角田光代『対岸の彼女』(文春文庫、2007年)

父に会ったってナナコは何も言わないだろうに、自分は何も必死に隠しているんだと、うしろの窓をふりかえり、遠ざかるタクシーを見つめて葵は思う。ナナコは何も言わない。客寄せのために内部をごてごて飾りつけしたタクシーに乗っている父を見ても、せこい…

吉本隆明『私小説は悪に耐えるか』(新潮文庫、車谷長吉『鹽壺の匙』の解説)

私小説が自然主義文学の胎内から生れるについては、その経緯がどんなにいびつであっても、それなりの必然があった。また「私」をめぐる人間関係を描写するかぎり、真実らしさにゆきつくことについて理念にも似た確信もあった。その場所で言えば私小説はひと…

車谷長吉『鹽壺の匙』(新潮文庫、H7年)

詩や小説を書くことは救済の装置であると同時に、一つの悪である。ことにも私小説を鬻ぐことは、いわば女が春を鬻ぐに似たことであて、私はこの二十年余の間、ここに録した文章を書きながら、心にあるむごさを感じつづけて来た。併しにも拘わらず書き続けて…

池澤夏樹『むくどり通信』(朝日文芸文庫、1997年)

ぼくはこの本の中で恐龍よりもおもしろいものをみつけた。この巨大遊園地を作る資金を出したのは他ならぬ日本の合同資本ということになっているのだが、その名が、ハマグリとデンサカ。こんな名前が日本にあるだろうか。 さらに読みすすむと、ハマグリの名は…

日経WinPC編集部『日経BPパソコンベストムック パソコン自作バイブル』(日経BP出版センター、2009年)

「パソコン自作の世界」へようこそ。自分だけのパソコンを完成させた気分はいかがですか? 自分で作ったパソコンだから、パーツの交換も思いのまま。「買い換えるもの」だったパソコンが、今日からは違います。ハードディスクドライブの容量が足りなければ、…

黒田●之助『黒田●之助 私の履歴書』(日本経済新聞社、S61年)●は「日」+「章」

父を語る時、郷土、富山を抜きにしてはできない。大正三年に新しくつけた屋号「黒田国光堂」と大正六年に初めてつくった商標「国誉」に込められていたのは生まれ故郷への思いそのものである。国は越中、富山を指していたのであった。 富山から大阪に出るには…

郷ひろみ『若気の至り』(角川書店、2000年)

だからボクは郷ひろみなのだ。これが、郷ひろみが郷ひろみたる所以なのだ。(p.283) まさに、そんな感じの本だった。って、何言ってるかわからない? ま、そっか。 水を恐れることのなかったボクは、25メートルプールで泳いだりしてかなり自信をつけていた…

奥田英朗『イン・ザ・プール』(文藝春秋、H14年)

「治療、治療。あははは」(p.259) このシリーズは、まず映画の『イン・ザ・プール』を観て、そのあとに『空中ブランコ』。半年後の今、一番先に読むべきこの『イン・ザ・プール』。って、順番、間違えたよなぁ。いいんじゃない、あははは。

中村喜春『江戸っ子芸者一代記』(草思社、1983年)

その頃の戸籍の上の手続きのややこしさは今の方には考えられないと思います。 まず、あたしはひとり娘(相続人)です。だから、よそに嫁に行くことはできません。家を動くことができないのです。さりとて相手の人が養子に来ることも、もちろん不可能です。そ…

車谷長吉『漂流物』(新潮社、1996年)

その晩、北川氏はこんな話をした。――僕の親父は鳥取県の寒村の生れで、東京へ出て来て、学校をでたあと会社員になって、世田ヶ谷区の祖師ヶ谷に家を買いました。それが昭和三十年代のはじめ、高度経済成長がはじまったころです。そのころにはもう姉と私は生…

伊坂幸太郎『ゴールデンスランバー』(新潮社、2007年)

「だと思った。」(p.352) 主人公が残したメモへの昔の彼女からの返事。国家という薄気味悪い相手と闘った(闘わざるをえなかったある凡人のエンタメ大作。凝りすぎは、設定だけじゃもの足りなくなったのか、同字数会話やアイコン付き小見出し(形で現在か…

アラン・ムーア、デイブ・ギボンズ『WATCHMEN ウォッチメン』(小学館集英社プロダクション、2009年)

世界は偶然の塊だ。パターンなんて、見る者が自分の空想を押し付けただけだ 本当は意味なんかありはしない この最低の世界を創ったのは、形而上学的な超越力じゃない。子供を殺したのは神じゃないし、その死体を犬に喰わせたのも運命なんかじゃない 俺たち人…

角田光代『予定日はジミー・ペイジ』(白水社、2007年)

「私、ひょっとしたら子どもできたの、うれしくないかもしれない」(p.20) これは最初の方で主人公が、夫に、自分の気持ちを打ち明ける時のセリフ。けど本当は「ひょっとしたら」「うれしくないかもしれない」んじゃないものだから、すぐに「だからねえ、私…

小説:角田光代、絵:松尾たいこ『Presents』(双葉社、2005年)

六歳のあのときは、なんと身軽だったのか。あれだけの荷物で、地の果てまで逃げられると思っていたんだから。だらしなく中身の飛び出したランドセルを前に、私は笑い出す。笑いながら、ランドセルをひっくり返して、たった今詰めこんだ中身を全部床にばらま…

小川洋子『貴婦人Aの蘇生』(朝日新聞社、2002年)

「扉の前にもたもたしている間に、いつだって僕は用なしになる。僕を待っていたはずの人でさえ、いいのよ別に無理して入ってこなくても、って言うんだ」(p.136) 強迫性障害を患っているニコは、部屋に入る前に必ずある儀式をしなければならないのだった。…

津村記久子『ポトスライムの舟』(講談社、2009年)

「二十九歳の今から三十歳のこの日までをそっくり懸けて世界一周か。なんかこう、童話でようある感じでもあるよね。その一年間は加齢を免除されるというかさ。違う世界に行って帰って来たら、ほとんど時間が経ってませんでした、的な。うまく言えんな。まあ…