伊坂幸太郎『アヒルと鴨のコインロッカー』(創元推理文庫、2006年)

「それは河崎君のこと?」麗子さんは察しが良かった。 ええ、とわたしは認める。「彼はたぶん、まだ幼児の時に、生まれて初めて鏡で自分の顔を見た瞬間に、図に乗ったんですよ。俺は何と素敵なんだろう、って」 「世界中の女は俺のものだ、って?」 「まさに…

伊坂幸太郎『重力ピエロ』(新潮社、2003年)

本を読んだことで、映画の『重力ピエロ』(森淳一監督)の評価が私の中で一段と高まっている。本より映画の方がいいことってそうはないのであるが。『愛を読むひと』(原作は『朗読者』)も映画の方がよかったが、あっちは本を先に読んでいたから、受け止め…

カズオ・イシグロ(土屋政雄訳)『わたしを離さないで』(早川書房、2006年、解説:柴田元幸)

あなた方の人生はもう決まっています。(p.98) ネタバレ満載で平気な私(それなりの理由はあるのだ。私だって前知識は嫌い。でもそれはその人が避ければいいことなんでね)だが、さすがにこの本について書くのは躊躇われた。で、これだけ。カズオ・イシグロ…

池澤夏樹『むくどり通信』(朝日文芸文庫、1997年)

ぼくはこの本の中で恐龍よりもおもしろいものをみつけた。この巨大遊園地を作る資金を出したのは他ならぬ日本の合同資本ということになっているのだが、その名が、ハマグリとデンサカ。こんな名前が日本にあるだろうか。 さらに読みすすむと、ハマグリの名は…

伊坂幸太郎『ゴールデンスランバー』(新潮社、2007年)

「だと思った。」(p.352) 主人公が残したメモへの昔の彼女からの返事。国家という薄気味悪い相手と闘った(闘わざるをえなかったある凡人のエンタメ大作。凝りすぎは、設定だけじゃもの足りなくなったのか、同字数会話やアイコン付き小見出し(形で現在か…

写真は、眼の前にあるものに感応しなければ成立しない行為である。ネガティブな波動を感じたりしたら、いい写真にはならない。つまり眼の前にあるものを受容することが絶対条件なのだ。世界に対して自分を開き、つねにポジティブな態度でむかっていくこと、それが写真の原則であり、思想である。

青春と読書(集英社)2008年12月号、カラー口絵 大竹昭子「「写真家」を名乗る人」石川直樹『最後の冒険家』の紹介(宣伝)文。「受容することが絶対条件」? 写真の原則も思想も知らないで写真を撮っている私って……。081217-225

そんなわけで私は、わー暗譜だ、すごいね、という価値観には賛同したくない。暗譜することよりも正しく楽譜を読むことの方が、ずっと重要だと思うからである。往年の大指揮者ハンス・クナッパーツブッシュは、なぜ暗譜で指揮なさらないのですか、という問いに、「オレは楽譜が読めるからね」と答えたというが、それは単なる冗談ではないであろう。楽譜を読むことは、つねに立ち返るべき、音楽の基本である。

本(講談社)2008年11月号、p.34 礒山雅「暗譜考」ホントにそうなのだ。ピアノで小学生唱歌をたどたどしく弾いている身で、国立音楽大学の教授に、お説ごもっともなんて言える立場じゃないのは百も承知なのだが、暗譜してピアノで何曲か弾けたからって、嬉し…

私は後に彼女に象徴される当時の進歩的日本人の思考方法の欠陥について「鳥目の日本人」という論文の中で批判したが、「樺美智子は自分で自分を踏み殺した」としかいいようないと記した私の表現を、出版社はこれだけは削ってくれと泣き込んで来、ならば掲載は取りやめても結構と伝えたら、発刊された雑誌には無断でその部分が削除されていた。

江藤淳『妻と私・幼年時代』(文春文庫、2001年、p.189)に収録されている、石原慎太郎『さらば、友よ、江藤よ!』から樺美智子ちゅーたら当時はジャンヌ・ダルクみたいな存在だったから(ってよく知らないのだけど)、出版社も譲れなかったのかもしれない…

「おれいつまでこんなこ、とやってるんだろう」

息が詰まるようでした。声の響きが失われ、なんだか真空ってこういうことじゃないか、という思いが頭をかすめました。 「自分じゃわからないものなの?」 「、わからない……」 絲山秋子『沖で待つ』(文藝春秋、2006年、p.103)「、」ではじまる会話を書き留…

駅の向こう側には、上沼町というクリスマスが大好きな新興住宅地があって、全世帯で豆電球を窓の外壁に点滅させているが、電気はつけたら消せと習わなかったのだろうか。家電製品の会社にいたから気になるのか。夏場の東京電力があれだけ低姿勢で節電を呼びかけてもこのザマか。「上沼町に原発を」私は駅向こうに行くたびに思う。幸せは家の中でやってくれ。家の塀にぶらさげるのは「落とし物」とか「球根差し上げます」とかで十分ではないか。そしていつも思う。社会をどんどん俗悪なものにしているのは私の世代なのだ。小学生の名前の変遷を見れば

絲山秋子『沖で待つ』(文藝春秋、2006年、p.25)引用は、表題作の他にもう1篇収録されている『勤労感謝の日』から。私もこうやって、目に飛び込んできたり頭に浮かんでくるものごとに、迫力ある悪態を次々とついてみたいのだけど、なんかしょぼくれてんだよ…

実はこの本がでたときは衝撃を受けました。というのも、「現実世界において世界征服とは、いったい何を意味するのか?」というテーマでミステリを書こうと、構想を練っていたからです。それなのにこんな本が出てしまいました。いわゆる「先を越された」というやつですね。

いくら先行作品があっても、出来が気に入らなければ「これなら自分の方が」と燃えてしまうものですが、この本は違いました。まず「世界征服って、いったい何だよ」から始まって、世界征服の目的、支配者のタイプ、世界征服の手順、世界征服した後どうするか―…

だから、答える時の一番のポイントは、この人がこれを読んで自殺しないようにってことです。

本が好き!(光文社)2008年11月号、p.6 光文社の本から 伊藤比呂美『女の絶望』人生相談で回答をする時、責任を感じるか、という編集部の質問に答えての返事。伊藤比呂美がそこまで考えて回答していたとは。って失礼な私。相談相手が自殺しないようにって考…

この夏も随分そうめんのお世話になった。暑さでいっこうに食欲がおこらないときでも、冷やそうめんなら胃がよろこんで迎え入れる。キリッとした冷たさ、独特の歯ごたえと舌ざわり。三日、五日とつづけても少しも苦にならない。

これほど日本人の食生活になじんでいながら、外ではめったに口にできない。うどん、そばの店はごまんとある。きしめん、ひやむぎもメニューについている。しかし、そうめんはめったにない。麺類の兄弟にちがいないのに、どうして仲間はずれにされるのだろう…

「プラトニックラブって罪深いと思いません? だって、終わりがないんですもん」

朝日新聞2008年10月16日夕刊、1面 ニッポン人・脈・記 おーい 寅さん②(署名記事:小泉信一)いしだあゆみの言葉として紹介されていたものだが、プラトニックラブだって終わるでしょ? 終わってしまうプラトニックラブの方が多そうだし。それとも終わらない…

入院中は、何かというと、句読点のように「ありがたいねえ」が口に出た。

城山三郎『そうか、もう君はいないのか』(新潮社、2008年、p.149) 井上紀子「父が遺してくれたもの――最後の「黄金の日日」」城山三郎の遺稿で亡き妻への「ラブレター」と話題の本だが、内容以前に、体言止めの多い文体にのれなかった(完成稿ではないとあ…

これで先祖霊への挨拶も終えた。神様への挨拶も終えた。精霊への挨拶も終えた。と思ったらもう羽田行の出発時間だ。友達にも会ってねえ。姪っ子にも会ってねえ。夜遊びもしてねえ。自分の時間なんて寝る前の三十分しかなかったよ。何しに沖縄に行ったんでしょう、と機上で我に返るのがいつものパターンだ。

要するにぼくにとって重要なのは生きている人間ではない、ということみたいです。 asta(ポプラ社)2008年10月号、p.9 池上永一「テーゲーチャンプルー 第二十四回 優先的関係」これでもかというくらい宣伝されている池上永一の新刊『テンペスト』だけど、読…

当の落語家はというと、案外うれしそうな顔をしない。柳家さん喬が「たっぷりなんて、無責任ですよ」と軽くとがめ、春風亭小柳枝が「こないだ、待ってましたと声を掛けた人が、すぐ出ていっちゃった」とかわしていたのを、寄席で聞いたことがある。

朝日新聞2008年10月2日、28面 寄席の掛け声 ちょっと待った 「大成功」「日本一」「たっぷり」……(署名記事:井上秀樹)ずいぶん行ってないので想像できないのだが、寄席は落語ブームで、掛け声が乱発気味なんだそうな。昔、やくざ映画のオールナイト上映な…

とにかく、あしながおじさんが大人げない。主人公のジュディとボーイフレンドのジミーの仲にやきもきして何度も保護者の立場を利用して邪魔をするし、最後のほうになると、自分の思い通りにならない十四も年下のジュディに対して、かなり苛立っているのがわかる。

本が好き!(光文社)2008年8月号vol.26、p.5 生田紗代「あしながおじさんの恋」(テーマエッセイ 夏休みこその「この一冊」)あらら、そんなだったっけ、『あしながおじさん』。ちょっと読み返してみるか、と本棚に手を伸ばしかけてやめたのは、私があしな…

いっそ白髪頭も、しみだらけの皮膚も、皺だらけの膣も、年上の友人たちに貰えたらいいなあと思います。年上の女の度胸と経験が、ことあるごとにわたしを救うでしょう。

それから若い友人たちに、つやつやの皮膚や、傷だらけの腕や、うるおいのある膣を貰えたら、どんなにいいでしょう。若い女の葛藤も、悩みも、未経験のゆえの無謀さも、わたしに戻ってくるかもしれません。 そしたら、自分じゃなくなってしまうかもしれません…

環境問題の論客、中西準子さんがホームページで、いまの北京の大気汚染よりも64年の東京五輪の時の方がひどかったのではないか、と書いている。

朝日新聞2008年8月15日夕刊、15面 伊藤智章「北京と東京、五輪の空」(窓 論説委員室から)中西さんは「空気が悪くてせきこんだり、汚れた川に近づけなかった」らしいが、記者には「澄んだ青空の開会式に代表され、輝ける成功体験の印象が強」かったようだ。…

ところが1970年代当時、猫の写真といえば、毛の長いペルシャ猫やシャム猫などを室内で撮影したようなものか、バスケットに入った子猫が驚いたように目を丸くしている写真でなければ、猫の写真としてかわいいと認めてもらえなかったのです。ぼくもそういう「かわいい猫」と呼ばれる写真も撮ってはいましたが、家の外で出会う猫の撮影を大切にしていたのです。野良猫と呼ばれるような猫の写真は、なかなか雑誌や本に使ってもらえないのが、その頃の現実でした。

岩合光昭『猫さまとぼく』(岩波フォト絵本 岩波書店、2004、p.9)今のような猫(写真)ブームがやってくるとはねー。そういえば、80年代のはじめには「なめ猫」なるものも流行ったよね。暴走族の格好をさせられた猫は、虐待ではなかったというのだけど、そ…

水俣病以前、この地方にはおおらかで上代的な、神遊びに近い漁法がさまざまあった。今は、考え方も労働も、暮らしの中身も、田舎なりに近代化されたわけだが、私どもは大切な何かを失った。何を失ったのかさえ、思い出せないかもしれない。

原始採集漁民、という言葉がある。おくれた職業というふうに意味づけて。働く実感さえもてない職種が出てきたこの時代に、遊びに近い労働の妙味が失われたことを、土本典昭さんは映像で表現してみせた。 朝日新聞2008年7月2日、36面 石牟礼道子「やさしい阿…

「キャンセルするぐらいなら沖縄に来ないでほしい」

朝日新聞2008年6月19日朝刊、16面、声欄 「沖縄観光客は現地理解して」フリーター 石川尚彦(那覇市 26)今、沖縄は観光人気に沸いているらしい。7年前の9.11で、修学旅行や団体旅行のキャンセルが相次いだことを引き合いに出しての投稿。言われてみれば当然…

目ざわりなものは、とりあえず隠す

飯島伸一『のほほ〜んと生きる心地好さ』(文芸社、2006年、p.118)「もちろん、これは邪道です。問題先送りの典型です」。おいおい。「でも、忙しいときに雑然としたなかで毎日を過ごすよりはよっぽどいいじゃないですか」。そうだけどぉ。「あとのことは大…

ふたりは顔をまっかにし、汗をたらし、腕をふりあげふりおろし、コブシをつくったりハサミをつくったりパッとひらいたりした。ホイホイホイよ、アイコでチョキよ、パーチョキグーよ、おつぎはグーよ、ヘナヘナパーよ。

北杜夫『船乗りクプクプの冒険』(角川文庫、S44、p.112)ヘナヘナパーよ、っていいなぁ。今後常用してしまおう。この文庫の解説は井上ひさしで、こんなことを書いている。 番組が終わったからこんなことが言えるのだが、最近までNHKから放送していた「ひょ…

「御神体じゃないんだから、いてもいなくてもいいんじゃないの」

毎日jp http://mainichi.jp/select/wadai/news/20080503ddm041040033000c.html パンダ:「いてもいなくてもいい」 政府獲得意欲に、石原都知事は冷淡発言 石原慎太郎には神経を逆なでされることが多いが、「いなくてもいい」はまっとうだ。「見たけりゃいる…