池澤夏樹『むくどり通信』(朝日文芸文庫、1997年)

 ぼくはこの本の中で恐龍よりもおもしろいものをみつけた。この巨大遊園地を作る資金を出したのは他ならぬ日本の合同資本ということになっているのだが、その名が、ハマグリとデンサカ。こんな名前が日本にあるだろうか。
 さらに読みすすむと、ハマグリの名はいつの間にかハマチに変わっている。ハマチはいずれブリになる出世魚だが、ハマグリは魚にはならない。その先に、遊園地の建設に携わった企業として、またも日本名がいくつか出てくる。ローマ字つづりを正直にカタカナにしてみれば――
  ミスィカワ
  アシキガ
  H・イエヤス
  N・V・コバヤシ
  マサカワ
 とてもまともな日本人の名とは思えない。無理をして探せば、あるいは蛤さんや(語源に戻って)浜栗さんはいるかもしれないが、こういう場合にはごく普通の名をいれるものだ。家康さんはおかしいし、Vではじまるミドル・ネームを持つ日本人もいない。作者はアメリカ人の耳に日本人らしく響く名を勝手に作ったのだろう。一つ残らず変なのだから、そう推理せざるを得ない。そして編集者も、原稿から本にする過程で、誰か日本通に聞いてチェックすることを怠ったわけだ。(p.52)

「この本」とはマイケル・クライトンの『ジュラシック・パーク』である。え、何、そんな面白いことが書いてあったのに見逃していたとは、って、池澤夏樹は訳書ではなくペーパー・バックで読んでいるのだった。

最後に「(なお、前記『ジュラシック・パーク』の中の日本人名、酒井昭伸氏による邦訳ではまともな名に置き換えられている。)」とある。やっぱり。けど、名前、そのままじゃいけなかったのかしら。私も旧姓ハマグリのハマチさんやミスィカワに会ってみたかったんだけど。

 最初にその台風の噂を聞いたのは八月三十一日の朝、座間味島の民宿のことだった。南の海で台風が生まれて、沖縄方面へ来るかもしれないという程度の情報。この時点では最大風速一八メートル、気圧も九七〇ヘクトパスカル(以下ヘパと略)と小さく、進路も西の方へ向かっている。フィリピンと台湾の間のバシー海峡を抜けそうな気配だ。(p.150)

 一段落引用してしまったが、私が問題にしたいのは「(以下ヘパと略)」という部分。せっかく略し方を明示したのに、このあと二回しかヘパは登場しないのだ。てーことは、〔ヘクトパスカル(7文字)−ヘパ(2文字)〕×2で10文字分の節約にしかなっておらず……いや、(以下ヘパと略)を7文字とするなら、たった3文字の節約……。その3文字の節約が、私に300文字以上の浪費に走らせている事実を池澤夏樹は知るはずもない……。そりゃそうだ。