『佐野洋子の単行本』(本の雑誌社、1985年)

★★★ 例えば草刈正雄なんか私を追いかけて来るのである。嫌だと云っても私に云い寄るのである。私は断固として拒否する。もう拒否する。正調二枚目はたいがい私に云い寄る。 藤竜也なんかはちょっと違う。私は藤竜也が好きで胸がドキドキするが、どうも難しい…

桜庭一樹『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない A Lollypop or A Bullet』(角川文庫、H21年) 解説:辻原登

沈黙が落ちた。しばらく逡巡してから藻屑は、ものすごく大事な打ち明け話をするように、あたしの耳元に色のない唇を寄せて、小声でつぶやいた。 「ぼく、おとうさんのこと、すごく好きなんだ」 「うへぇ!」 「……なに、うへぇって」 「いやなんとなく」 「好…

佐藤可士和『佐藤可士和の超整理術』(日本経済新聞社、2007年)

たとえるならまさに、僕がドクターでクライアントが患者。漠然と問題を抱えつつも、どうしたらいいのかわからなくて訪れるクライアントを問診して、症状の原因と回復に向けての方向性を探り出す。問題点を明確にするのと同時に、磨き上げるべきポテンシャル…

カーレド・ホッセイニ(佐藤耕士訳)『君のためなら千回でも』下巻(ハヤカワepi文庫、2007年)

(略)おれの長男の目ン玉を賭けてもいいが、あんた、そのパコール帽をかぶるのははじめてじゃないのか」ファリドは、若くして朽ちかけた歯を見せて、にやりと笑った。「いい線いってるだろ?」 「どうしてそんなこというんだい」 「あんたが知りたがったん…

カーレド・ホッセイニ(佐藤耕士訳)『君のためなら千回でも』上巻(ハヤカワepi文庫、2007年)

「いいか、ムッラーがなにを教えようと、罪はひとつ、たったひとつしかない。それは盗みだ。ほかの罪はどれも、盗みの変種にすぎない。わかるか?」(p.33) 主人公アミールの父ババの教え。ムッラーは先生。「男を殺せば、それは男の命を盗むこと」で「男に…

佐高信『手紙の書き方』(岩波アクティブ新書11、2002年)

多分、いま、手紙は書かれなくなっているのだろう。即時コミュニケーションの手段が発達して、手紙はまだるっこしい感じを持たれるているからである。しかし、手紙でしか伝えられない気持ちもあるのではないか。私はこの本で文字通りの「手紙の書き方」を伝…

いざ始めると、書けなかった。仕事が進まないわけではない。それどころか、いつも予定の枚数を超えてしまう。筆が勝手に走る、書くのが楽だと、そういう幸せな話ではない。だから、しんどくて、しんどくて、もうやめたいと思うほどなのだ。せめて手抜きくらいはしたい。でなくとも、この密度で書き続けたら、いつ終わるとも知れやしない。ああ、このへんで妥協しよう。これじゃあ心身ともに、おかしくなる。ぶつぶつと零しながら、気分としては、とうに逃げ腰になっているのに、それでもやめることができないのだ。

青春と読書(集英社)2008年12月号、p.6 佐藤賢一「四十歳の革命」『小説フランス革命』執筆時の話。こういう人が作家になる(なれる)んだよね。すごい。081213-221

その麻生と総選挙を争った石破茂は人気はともかく、キャラ立ちの面で突出している。白目をむきだしにしてことさらゆっくりしゃべる仕種は、日本軍の総司令官になって戦闘開始の陣頭指揮をとるごとき過激な発言を聞くまでもなく、それだけで十分恐ろしい。

あの紅いほっぺたで、酒豪にして愛煙家、更にはキャンディーズの大ファンにしてプラモデル作りが趣味だという。それを知って、人間存在の不可解さと不気味さを、いまさらながら教えられた。 総裁選に出馬したもう一人の立候補者の小池百合子は、石破とは別の…

「つまり、人によって全然違うんだな。私みたいに二十年かけてゆっくり見えなくなったり、ある日突然、って人もあるしね。発作のたんびに痛んで痛んで七転八倒の人もあれば、全く、なんにも痛くない、無痛の人もあるんですよ。ただ、この病気に一つだけ共通なのは『眼を食い終わったら完治する』それだけですよ」

さだまさし『解夏』(幻冬舎、2002年、p.29)ベーチェット病という、失明することで完治するという、信じがたい病についての、作品の登場人物による解説。『解夏』には表題作の他『秋桜』『水底の村』『サクラサク』の中編が収められていて、どれもさだまさ…

むかしのことを言うのは、気が引けるが、私の学生時代の一九五〇年代には大新聞社主催の「ロートレック展」などというのがデパートで催されると(大型の展覧会はデパートで催されることが多かった。いまでは不許可の国宝、重文などもデパートで公開されていた)、一応絵は額にはいれられているが全部複製、つまり印刷物ということは珍しくなかった。

図書(岩波書店)2008年10月号、p.18 坂本満「「本物」と複製、そして版画(上)」えー、これはびっくりだ。私の「有名作家美術展」のはっきりした記憶(つまり自分から行きだした)は1970年からで、だからそれより20年も前のことにしても、だよ、複製の展覧…

さて、海外でこれほど重視されているミルトンが、日本ではどれだけ受容されているだろうか。イギリス文学史のなかでシェイクスピアと並ぶか、少なくとも彼に次ぐと評価されながら、ミルトンの読者層は限られたものである。変幻自在で「万人の心を持つ」シェイクスピアと比べると、その強烈な自我のゆえに、謹厳な「ピューリタン詩人ミルトン」のイメージが先入観となって、近寄り難さを生んでいることは否めない。明治日本に作品よりも評伝が先に紹介され、崇高にして高潔な魂を持った果敢な行動人としてのミルトンに、プロテスタントの伝道者やジャ

未来(未來社)2008年9月号、p.27 佐野弘子「ミルトン生誕四百年 国際ミルトン・シンポジウムに出席して」ミルトン、知りまっせーん。あ、失楽園のミルトン。あー、あ、あ、あれね。若い時の丸暗記が今役に立つとは。こういうこともあるので、暗記が必ずしも…

この窮状 救えるのは静かに通る言葉

朝日新聞2008年9月13日、2面 ひと欄「還暦に憲法への思いを歌う沢田研二さん(60)」(文:藤森研)静かに通る言葉を言える人になるのが、まず私の場合は難しい。って、すぐそんなふうに話をもっていくからダメなのね。 「我が窮状」 作詞:沢田研二、作曲:…

谷口は俺を呼ぶと駆け寄ってきた。いや、飛びついてきた。

「神谷くん!」 谷口を抱きかかえるような格好になって、あまりにビックリして後ろにひっくりかえりそうになった。え? あの……? 頭が一気にぶっとんだ。世界が消えた。全部、消えた。 一生ぶんくらいの時間が過ぎてから、世界がじわじわと戻ってきて、ど、…

連に出くわすのが一番イヤだった。あいつは何も言わないし、俺がいくらウジウジしてても責めたりしないのはわかってるけど、あいつの存在自体がまぶしいというかきつかった。連は、“走る男”なんだ。そして、“俺を走らせる男”なんだ。走ってない俺ってのが、あいつの前ではありえない。自分がありえない存在のような気がする。不思議だ。だって、二年前はそんな付き合いじゃなかったのに。

佐藤多佳子『一瞬の風になれ 第二部 −ヨウイ−』(講談社、2006年、p.253)こんな友だちが、高校の時にいたら、どんなだったろう。と、晴れがましい自分を想像しているようだから、ダメなのだな。強力な磁力を持つ友だちを見つけられなかったのは、自分のせい…

タイトルを決めかねていたときに書店で偶然眼にしたのが、当時ベストセラーにもなっていた司馬遼太郎の『燃えよ剣』だった。これだと思い、司馬に電話した。今度公開されるカンフー映画のタイトルに「燃えよ」という言葉を使わせてほしい、と緊張しながらお願いしたところ、司馬は半分あきれたように笑いながらも快く了解してくれた。

本の話(文藝春秋)2008年7月号、p.68 藤森益弘「早川龍雄氏の華麗な映画宣伝術 ワーナー映画宣伝部から見た戦後洋画配給の歴史」最終回「早川龍雄氏の……」だけど、この『燃えよドラゴン』の邦題にまつわる話は、早川の上司だった宣伝部長、佐藤正二のもの。…

「国民の司法参加」というなら、そもそも刑事事件などではなく、たとえば「国を相手取った裁判」にのみ、裁判員制度を導入したらよいのである。裁判で私が何より不満なのは、国や行政が相手の裁判では、たいてい国に有利な判決が出ることだ。その慣例を破るためなら、裁判員制度もいいんじゃない? もちろんその場合は、国にも相応の覚悟が求められるわけだけど。

ウフ.(マガジンハウス)2008年7月号No.073、p.67 斎藤美奈子「世の中ラボ その25 それでも裁判員制度はやってくる?」ほんとに「それでも裁判員制度はやってくる?」んだよね? 裁判員制度については、ずーっと悩み中。自分にそんな資格があるとは思えない…

初めてタイムを教えてもらった時、なんだかゾクリとした。練習ではどうしても出なかった43秒台なのに、いきなり真ん中へんがドンと出るなんて。43秒51、俺、この数字、忘れないかも。どうってことないタイムなんだろうけど、俺のもんだ……っていうか、俺らのもんだ。公式にフラットレースを走って個人の記録を聞いたら、やっぱりもっと強く思うのかな。陸上やってる奴が、なんであんなにタイムのことばっかり言うのか、少しだけ理解できたよ。名刺代わりとか看板とか思ってたけど、それだけじゃないしね。出したタイムって、ほんとに“俺のも

佐藤多佳子『一瞬の風になれ 第一部 −イチニツイテ−』(講談社、2006年、p.111)主人公は高校1年生。どこまでも爽やかだ。080617-56