桜庭一樹『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない A Lollypop or A Bullet』(角川文庫、H21年) 解説:辻原登

 沈黙が落ちた。しばらく逡巡してから藻屑は、ものすごく大事な打ち明け話をするように、あたしの耳元に色のない唇を寄せて、小声でつぶやいた。
「ぼく、おとうさんのこと、すごく好きなんだ」
「うへぇ!」
「……なに、うへぇって」
「いやなんとなく」
「好きって絶望だよね」
 藻屑はわけのわかんないことをつぶやいた。(p.53)

 あたしは両手で顔を覆ったまま、洗濯機に頭を突っ込んで、声を殺して泣いた。藻屑。藻屑。もうずっと、藻屑は砂糖菓子の弾丸を、あたしは実弾を、心許ない、威力の少ない銃に詰めてぽこぽこ撃ち続けているけれど、まったくなんにも倒せていない。
 子供はみんな兵士で、この世は生き残りゲームで。そして。
 藻屑はどうなってしまうんだろう……?(p.138)「心許」に「こころもと」のルビ

 あたしは、暴力も喪失も痛みもなにもなかったふりをしてつらっとしてある日大人になるだろう。友達の死を若き日の勲章みたいに居酒屋で飲みながら憐情たっぷりに語るような腐った大人にはなりたくない。胸の中でどうにも整理できない事件をどうにもできないまま大人になる気がする。だけど十三歳でここにいて周りには同じようなへっぽこ武器でぽこぽこへんなものを撃ちながら戦ってる兵士たちがほかにもいて、生き残った子と死んじゃった子がいたことはけっして忘れないと思う。(p.188)「憐情」に「れんじょう」、「砂糖でできた弾丸」に「ロリポップ」のルビ

運の悪いことに、先日の強風で我が家の四階の笠木が飛んでしまい、で、その修繕工事を待っていなければならない夜にまた強風がやってきて、飛ばされかけてまだ残っている笠木の、鈑金の咆哮にしてはやや心許ない、けれど眠たくて眠たくて仕方のない私をそうさせなくするには十分な音の中で読んでしまったのだが、『私の男』(に繋がるような話だが)よりはずっと心に残った。

なんだ、このいい加減な感想は。