米原万里『打ちのめされるようなすごい本』(文藝春秋、2006年)

昨年五月二十五日に五十六歳で亡くなったロシア語通訳者でもあった米原万里の書評集で、週刊文春での書評が、3/5ほどを占めている。仕事の関係もあってロシア関連の、多分硬質のノンフィクションが多いはずだが、まったく退屈することがなかった。この書評集…

吉本隆明『私小説は悪に耐えるか』(新潮文庫、車谷長吉『鹽壺の匙』の解説)

私小説が自然主義文学の胎内から生れるについては、その経緯がどんなにいびつであっても、それなりの必然があった。また「私」をめぐる人間関係を描写するかぎり、真実らしさにゆきつくことについて理念にも似た確信もあった。その場所で言えば私小説はひと…

独自の文体をもち、主題的にも妥協を許さない監督が、制作会社の無理解や財政上の困難から不遇を託つといったことは、けっして珍しいことではない。とはいえ多くの監督がそれに言及することを好まないことも、事実である。鈴木清順は日活を不当に解雇され、一九七〇年代をなかば沈黙のうちに過ごしたが、飄々とした姿勢を崩さず、達観して好機の到来を待ち続けた。オーソン・ウェルズはつねに空元気を振り翳し、大法螺を吹いては天文学的な浪費を続けた。ジャン=リュック・ゴダールは高い矜持ゆえに不遇という観念を認めず、停滞した過去とは決別す

こうした同時代の監督のなかに大島渚を置いてみると、彼の不器用なまでの真面目さが際立って意識されてくる。というも大島はいかなる場合にも作品の不在に拘泥し、文章を通してなんとかそれを論理化しようと真剣に努めてきたからである。なぜ自分が映画を撮…

しかし、自分自身が産褥期の体調不良を経験してみると、お岩に対する考えも変わった。彼女が愚痴っぽいのは産後のマタニティブルーのせいではないか、簡単に毒薬を飲んでしまったのも健康を願う切なる思いゆえだったのだと、お岩のように寝ながら私は考えた。幸いひと月もすると元気になったが、産後の驚くべき不調を経験したことで、お岩が産婦として不幸な死を遂げたということの意味が、初めて問えるような気がした。また、具合の悪い妊産婦を、これでもかこれでもかと不幸にしていく設定を考えた作者・鶴屋南北の意地の悪さについても考えてみた

本(講談社)2008年10月号、p.11 横山泰子「ママでも本」自著『江戸歌舞伎の怪談と化け物』の宣伝文。本屋で見かけても手に取る可能性のなさそうな本だが、北京オリンピックにはじまって、『東海道四谷怪談』を『フランケンシュタイン』まで持ってきて並べら…

プランゲ文庫では、検閲官に赤鉛筆や青鉛筆で「delete(削除)」とか「suppress(発行禁止)」と書き込まれたゲラを見ることができます。たとえば林健太郎は『歴史と現代』という本を執筆した際、事前検閲で削除の指示を受けたところをうまく文章をつないで直しているのに対して、羽仁五郎は『歴史』で削られたところを脈絡なくつないでそのまま本にしています。

(p.4、山本武利)データベースを使えば、言説の内容と数量的なデータとの重層的な構造を立体的に示すことができるようになるでしょうね。ところが書物の場合には、時系列的に並べざるを得ないので、ある視点からの見方をどうしても強力に出さざるを得ない。…

ふと、自分がこの小説を、体で読んでいたのだと気づく。そこに連なっている文字に、全身が刺激されて、その刺激が体を伝わって心まで解放されたような感覚を味わっていた。愛の痛みとか苦しみを想像しながら、体感もしていたのだ。マンガ的なのか、小説的なのかは、よく分からない(というか、もはやどうでもいい)けれど、それは、何というかとてもエロティックで、幸せな読書体験だった。そして、物語の中で味わった愛の深味はせつなくて苦しくて汚くもあり、とってもさみしいけれど、それも含めて何だか忘れがたく、美味しく感じられた。

星星峡(幻冬舎)2008年9月号、p.95 芳麗「心だけでなく、体ごと持って行かれた。」(渡辺やよい『ピーター・ノースの祝福』の書評)体感とはすごい絶賛だけど、渡辺やよい、知らない(芳麗も)。レディコミ(多分、読んだことがない)でエロティックなマン…

映画とはつまるところ音と映像である。ゴダールがそう喝破してからもう40年近い歳月が経ったというのに、映画評論家はあいかわらず音楽を敬遠し、音楽評論家は映像にいささかも関心を払おうとしない。映画を作り上げている半分の要素である音声部門の研究は、映像のそれに比べて著しく遅れている。クラシックの演奏者の黒服は、視覚的快楽の拒否だ。

一冊の本(朝日新聞出版)2008年9月号、p.84 四方田犬彦「音楽のアマチュア35 ニーノ・ロータ」そうなんだけど、というか、セリフは音じゃないんかい? 映画は総合芸術にしても、メッセージとなると言葉によりかかる部分が大きくなるから、評論家の態度は仕…

「そうそう、それから科白を言う時ですけれどね、ご自分の科白をすぐおっしゃっては駄目よ。照明が当たって、お客様が貴方の顔を見たら、『わたしを見て、わたしを見て、わたしを見て』と三回おっしゃいな。それから科白を言ってくださいね。そうすると、客席にしっかり伝わりますからね」

本の話(文藝春秋)2008年7月号、p.64 吉行和子「ひとり語り」第14回吉行和子が「大川橋蔵特別公演、新吾十番勝負」で歌舞伎座の舞台に立ったとき、女形の先生にこう言われたのだと。これまでやってきたこととはまったく正反対の演技、化粧のやり方からして…