重松清『卒業』(新潮文庫8075、H18)

表題作の他『まゆみのマーチ』『あおげば尊し』『追伸』を収録。★★★

『まゆみのマーチ』★★★
あおげば尊し★★☆

「ひとに迷惑をかけるんは、そげん悪いことですか?」
 先生がそれにどう応えたのかは知らない。母は教えてくれなかったし、父は家に帰ったあとも「アホが、親が非常識なこと言うたら、まゆみが恥をかくだけじゃろうが」と母をなじるだけだった。
 母はやはり愚かなひとだったのだろう。だが、いま、その愚かしさを、なんとなくくすぐったく思いだす。
 ひとに迷惑をかけるんは、そげん悪いことですか?
 もう二度と聞くことのできない母の声を、僕は、自分が生きている間ずっと覚えていられるだろうか。(p.78)「応」に「こた」のルビ

『卒業』★★
『追伸』★★★☆

「いいお母さんですよね。なんか、理想的っていうか、いまどき嘘みたいな感じで……」
 一瞬どきんとしたが、インタビューが始まると、言葉は、それこそ嘘のようになめらかに出た。取材のために考えてきたエピソードはもとより、アドリブで飛び出した話もいくつもあった。
 母はよみがえった。生きることのできなかった時間を、僕の文章や話の中で、ゆっくりとたどりはじめた。
 そして、ハルさんが僕の人生の中から消える。どうしても折り合いのつけられなかった義理の母親を、僕は静かに殺してしまった。
 後悔は、していない。(p.318)

 十三歳違いの兄弟だ。嫌な言い方をするなら、腹違いの兄弟でもある。僕のエッセイには登場しない。僕のつくりあげた母の人生が現実のものであれば、生まれてくるはずのない弟−−僕は、ハルさんだけでなく、健太のことも消し去ってしまったのだ。(p.346)

いつもながらうまいものだ、と思う。でも、うまさに感心してしまうってのもちょっとね。ま、家族というあまりにも生々しい問題なので、私が例によって及び腰になっているのだろうけど。逆に言うと、毎度そういう問題に正面から取り組もうとする重松清には、頭が下がるのしかないのだが……。

表題作よりも引用した二作が私には印象に残った。