私は歩きだした。

「なんでもいいから、もうついて来るな。俺は忙しいんだからな」
「忙しいって言う人間ほど閑なものだ。閑であることに罪悪感を抱くから、やたら忙しいと吹聴したがるんだね。だいたい、本当に忙しい人間が古本市をブラブラしているのは理屈に合わないぜ」
「若さを露呈したな、ぼうず!」
私は笑い飛ばした。
「忙中閑あり、閑中忙ありだ。おまえみたいな子どもには、ただブラブラしているように見えるかもしれない。だがそんな時にこそ、俺の精神はめまぐるしく活動している。おまえが見ているのは、いわば台風の目にすぎない」
「嘘つけ。今、考えたろう」
「黙れ。つねに周囲に気を配り、一本の針が地面に落ちる気配も見逃さない。それぐらい神経を張りつめなければ、混沌のきわみにある古本市から宝を見つけ出すことはできないのだ。オママゴト気分でいると怪我をするぜ」
「あんたが探しているのは本じゃないだろ」
少年はせせら笑った。「オンナだ」
「馬鹿なことを言うんじゃありません!」私は叱咤した。「それに、子どものくせにオンナなんて軽々しく言ってはいけない。せめて、お姉さんと言いなさい」
「黒い髪を短く切った小柄な人だろう。色の白い」
私は振り返って少年の肩を掴んだ。華奢な身体がカクンと操り人形のように揺れたが、彼の目の色はまったく変わらなかった。恐ろしい子
私は声をひそめた。「オイ、どうして分かった?」
森見登美彦
夜は短し歩けよ乙女』(角川書店、H18-19年、p.85)

奇天烈な話なれど、基本は単純な一目惚れ物語。全体に言葉遣いが妙ちくりんだし、第三章の終わりで彼女までもが「神様の御都合主義」と評するのはどうかと思うし、その彼女が、酒をこよなく愛すだけならまだしも大酒飲みで、「二足歩行ロボットステップを踏」み(なんだぁ?)、「オモチロイ」などと言うのも大いに気に入らないのだが、もしかして私も彼女に一目半惚れはしちゃってたかも。

三階建電車の着想や、「混沌のきわみにある古本市」を舞台にしたり、結末の予想外の竜巻スペクタクル場面にも、すっかり感心してしまった。

090108-235

 

コミックまで出てる。けど、評判はよくないです(Amazonのカスタマーレビューでだけど)。