白石一文『この胸に深々と突き刺さる矢を抜け』上巻(講談社、2009年)

 我々の生活に不可欠な種々の製品を作り出す会社よりも、使い勝手のいい検索エンジン一つ発案したにすぎぬ会社の方が何倍も利潤を挙げているという現実はやはり間違っている。なぜなら広告主であるメーカーが全部潰れてしまえば検索エンジンの会社は一瞬のうちに倒産するが、メーカーの方は検索エンジンが世界中から消え失せても決して倒産しないからだ。そうした本末転倒があらゆる経済分野で起こっているのが現在の世界なのである。(p.48)

世界の仕組みすべては分業でしか成り立っていないのだから、いくらわかりやすい説明をされても、歯がゆさばかりが残ってしまう。

 どうして同じ年に生まれ、たった二十六年しか生きていない人間同士のあいだにこれほど莫大な所得格差が生まれてしまうのか? 僕にはその理由が分からない。一九八〇年に生まれた日本人の中で自力による最高額所得者はおそらく松坂大輔であろう。一方、この年に生まれた人々の平均所得は大体三百万円程度であろう。両者の開きが十倍、二十倍というのならば納得できなくもない。人間の天分、能力、運にはたしかに個人差も時間差もあろう。しかし現実の所得差は実に三百三十九倍、実際はそのさらに倍近くに達しているはずなのだ。
 こんなことがどうして起こるのかが僕には分からない。幾ら経済原理に基づいて合理的な説明を加えられても、僕にはおそらく理解できないし容認できない。(p.52)

しつこいくらい格差社会に言及していて、これは評価できる。ただ、これも物語からは少しそれたところのことなのではあるが、というか、そういう部分の大きい小説なのである(これはこれまでの作品を順を追って読んでくるとわかるような気もするのだが)。