梨木香歩『西の魔女が死んだ』(新潮文庫な-32-2、H13/H19-43)

『渡りの一日』併録。解説:早川司寿乃 ★★★★

「私の祖母の場合は、自覚した魔女ではありませんでした。最初はね。ですから何の準備もしていないときに、そういうものが突然見えるというのは、祖母には大変つらいことだったのです。よく訓練された魔女にはそういうことはありません。見たいと思うものが見えるし、聴きたいと思うことが聞こえる。物事の流れに沿った正しい願いが光となって実現していく。それは素晴らしい力です」
 まいには本当にそれが素晴らしい力であるように思えた。それが獲得できるのはいつのことだろう。おばあちゃんは本当にそんなことができるのだろうか。
「おばあちゃんもそういうことができるの?」
と、まいは思わず聞いてしまった。
 おばあちゃんは例のにやりとした魔女笑いを浮かべて、
「できるかできないかは別にしても、私はそういうことはやりません。必要がありませんから」
(p.96)

「いいですか。これは魔女修行のいちばん大事なレッスンの一つです。魔女は自分の直感を大事にしなければなりません。でも、その直感に取りつかれてはなりません。そうなると、それはもう、激しい思い込み、妄想となって、その人自身を支配してしまうのです。直感は直感として、心のどこかにしまっておきなさい。そのうち、それが真実であるかどうか分かるときがくるでしょう。そして、そういう経験を幾度となくするうちに、本当の直感を受けたときの感じを体得するでしょう」
「でも……」
「まいは自分の思っていることがたぶん真実だと思うのですね」
 まいはうなずいた。
「あまり上等でなかった多くの魔女たちが、そうやって自分自身の創りだした妄想に取りつかれて自滅していきましたよ」
 まいは一瞬おばあちゃんに敵意のようなものを感じだ。闇の中の白刃のようにそれはきらりと光った。
 おばあちゃんは見通したように、まいの手を両手で包んだ。
「まい、どうか分かってください。これはとても大事なことなのです。おばあちゃんは、まいの言っていることが事実と違うことだといって非難しているのではないのです。まいの言うことが正しいかもしれない。そうでないかもしれない。でも、大事なことは、今更究明しても取り返しようもない事実ではなくて、いま、現在のまいの心が、疑惑とか憎悪とかいったもので支配されつつあるということなのです」
「わたしは……真相が究明できたときに初めて、この疑惑や憎悪から解放されるとおもうわ」
 まいは言い返した。
「そうでしょうか。私はまた新しい恨みや憎しみに支配されるだけだと思いますけれど」
 おばあちゃんはまいの手を優しくなでた。
「そういうエネルギーの動きは、ひどく人を疲れさせると思いませんか?」
(p.138)「妄想」二カ所に「もうそう」、「創」に「つく」、「闇」に「やみ」、「今更」に「いまさら」、「憎悪」に「ぞうお」、「恨」に「うら」のルビ

「そんなに動揺してどうしますか。まるで殺されかけたような顔をして」(p.168)「動揺」に「どうよう」のルビ

「どうしたんです。こんなに汚れて。けがはありませんか?」
「わたし、見たこともない花、見つけた。新種かもしれない」
 まいは声が上ずらないように気をつけた。まだ完全におばあちゃんと和解したわけではないのだから。ああ、こういうことって、なんてわずらわしいのだろう。おばあちゃんは一瞬キョトンとしたが、すぐにうれしそうに、
「まあ」
と言ってその花を受け取った。
(p.176)「上」に「うわ」のルビ

二年前に映画を観ているのだが、私は映画を理解できていたのだろうか。本を読んだ今、不安になっている。なにしろ、魔女修行の話の印象はずっと薄くって、あれは単なる比喩程度……って、どこからそんなふうに思いこんでいたものやら。

でも、それでも映画は十分楽しかった。都会人にはうらやましい自然の中での生活に目を奪われてしまったこともありそうだ。野いちごで作った大量のジャムをどうたいらげるべきかを考えたり、お気に入りの場所を自分も見つけた気分にもなっていたから。

だから小説を読んでホントにまいはおばあちゃんの元で魔女修行をしていたのだと、なんだかピントのずれた感激の仕方をしてしまったのだった。

で、師匠のおばあちゃんは魔法は使わないようなのである(だからまいの言動に動揺したのか)。「必要がない」って言い切ってしまう。そうか「できるかできないかは別にしても」って……。

文庫五年半で四十三刷(図書館で借りたもの)ってすごいよな。読者も分かってるんだよね。

西の魔女が死んだ (新潮文庫)

梨木 香歩 新潮社 2001-07
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おすすめ平均 starAve
star1先人から学ぶということ
star2「魔女は自分で決めるんですよ。分かっていますね」/「だって、この道きり、ほかにないんだもの……」
star3逆に映画なら観たいかも
star4いい話には違いないけど……
star5最後5ページのクライマックスは、すごい。

by ヨメレバ