大沼紀子『真夜中のパン屋さん 午前0時のレシピ』(ポプラ文庫2011-10)★★☆

期待しつつ前半を読み進むが、後半に失速、というか、あくまで私の好みの問題なのだが、この手の話はどうも、なのだった。

托卵娘?の高校生である希美の宿(托卵先)となったパン屋の二人と、そこにやってくる人物たちが織りなす現代版人情話みたいなものが展開していく。

話は練られているし、文章もわかりやすくまとめられているのだが(これはというような表記もあったが)、真夜中のパン屋に風変わりな登場人物たちというあたり、まんまテレビドラマにでもなりそうだ。

文庫カバー袖の作者紹介に「脚本家として活躍」とあるけど、そういうことか……。そしてまさに覗きが趣味の脚本家も登場させて強引に話を進めてしまったりもするのだけれど、彼にはこんなことを言わせている。

「それはどうかな? これは、シナリオのセオリーなんだけどさ。言葉っていうのは、あんがい嘘をつくものなんだよね」(p.190)

このあとの引用はページ順……。

 消印を確認すると、半年ほど前の日付が記されていた。つまり母は半年も前に、この女性とこのやり取りを済ませていたということだ。半年も前から、托卵先の準備をしていたということだ。これはもう托卵の集大成だなと、希美は呆れつつも感心してしまった。人間の母親としてはどうかと思うが、カッコウの母としては徹底している。娘を他人に預けるためなら、地道に計画も立てるし貯金もするし大嘘もつく。大したものだ。(p.25)

 他人の巣に産み付けられたカッコウのひなは、孤立無援だ。親鳥がひなを大切にするのは、それが自分の子供であるからなのに、その前提がない巣の中で彼らは孵化してしまうのだ。周りにいるのは騙すべき親鳥と、競争相手の邪魔なひなだけ。そんな中で、ずるいもひどいもあったもんじゃない。ただ生き抜くためだけに、カッコウたちは生きるのだ。(p.34)

 学校は雑多な品種のひなたちが、乱暴に放り込まれた大きな巣だ。その中で世間知らずのひなたちは、群れたり遊んだり学んだりしながら、ちゃんと誰かを押しのけ踏みつけ、わけもわからずさえずっている。時には同じ病に染まり、時には異端を見つけて攻撃し、そして時には、仲間のひなを執拗なほどにつついてなぶって、遊び半分で殺してしまう。
 あるいはと、希美は思いはじめてもいる。あるいはもしかしたら、世界そのものが、大きな何かの巣なのかもしれない。巣の中では、えさの取り合い、場所の取り合い。それが育つということで、育つことに疲れたり辟易したら、それで負けなのかもしれない。
 しかし、まあ大丈夫だろうと、希美は両手で頬を軽く叩き、気合いを入れる。
 長年あちこちの巣の中で、どうにかやってきたんだから。あの巣ごときに、負けるつもりはない。私はカッコウの娘なのだ。生き抜くために生きられる、カッコウなのだ。(p.43)「執拗」に「しつよう」、「辟易」に「へきえき」のルビ

「こだまの進化型はひかりで、そのまた進化型はのぞみっていうの。私はその希美だから、こだまを守る義務があるんだよ。わかる? だから、困ったことがあったら、ちゃんと私を頼りなさい。いい?」
 俺やひかりの進化型が、こんな姉ちゃんだったとは、まったく思いもよらなかったと、こだまは心底うなってしまう。進化ってすげー、なんかつえー。(p.124)

 しかし弘基と言い合いながらも、希美は内心思っていた。たぶん私は斑目を、理解したくないのだろう。もちろん彼が変態だからというのもあるが、それ以上に、彼の心を知りたくない、わかりたくない。好きという感情で走る彼が,腹立たしいのだ。
 それがなぜかも、大体のところわかっていた。おそらく恋というものを、弘基は自分のものとして捉えている。たぶん暮林もそうだろう。でも私は違う。男に恋して、自分を托卵してしまう母。私の基準はいつだって、その母の恋なのだ。私を見捨てる、恋という情熱なのだ。(p.158)

 俺の運命の人、暮林の妻をして、弘基は当然のようにそんな表現を用いる。初めて会った時からそうで、当面あるいは永遠に、その表現が変わることはないようにすら感じられる。人の妻を運命とは、乱暴なことを言う青年だと、最初こそ思ったが今は納得している。そもそも人の思いなどというものは乱暴なのだ。乱暴で横暴で、身勝手なのだ。(p.262)

 だから今の暮林は、暗い夜の闇の中、美和子が残していったものだけを守るべく暮らしている。彼女が開店させるはずだったパン屋と、彼女がかわいがっていた弘基。
 美和子の妹だと名乗り現れた希美も、その中に含まれている。どういういきさつなのかは見当もつかないが、美和子は彼女を腹違いの妹と認め、何かあったら力になると確かに手紙に書き置いていた。二十年前に死んだ美和子の父親が、十七歳の希美の父親であるわけがないが、それでも美和子が力になると言っていたのだから、自分はその意思を引き継ぐべきだと心に決めている。(p.281)