シーソー象のお話しからも分かるとおり、たかだかマッチのラベルとはいえ、そこに描かれている風景は実に自由自在だった。蛙がウクレレを奏で、カモノハシが金槌を飲み込み、ひよこはパイプをくゆらす。郵便配達人が貝殻で海原を航海するかと思えば、お亀と福助は玉乗りに興じ、サンタクロースは泉で沐浴する、といった具合だった。そこにはデッサンの土台も遠近法も、もちろん理屈もなかった。ただそうしたものたちが、四角い狭い空間に、素朴な線と色で印刷されているだけなのだった。

小川洋子『ミーナの行進』(中央公論新社、2006年、p.114)

本には寺田順三(装画、装幀)のマッチラベルも色付きでページの合間にいくつか載っていて、これはこれで素晴らしいのだが、奇抜さでいったら実際(といってもすでに骨董品みなたいなものか)のものにはかなわない。

いや、マッチラベルの話ではなくて、『ミーナの行進』なんで、以下におまけ引用。

マッチ箱の箱を作っている間が唯一、ミーナにとっての遠出の時間だったのかもしれない。低気圧や排気ガスや坂道にひやひやする必要もなく、草原だろうが海原だろうが好きな場所を旅することができる。もちろんお供には、ポチ子を連れてゆく。小さな箱の世界を彼らは行進してゆく。


あ、そうだ。ミーナの作った小さな話が、また素晴らしくって、これだけを読むというのもありかな、と。

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