彼らの作品が問いかけるもの、彼らが突きつけるモノの正体みたいなものを、ぼくは掴まえることが出来ない。彼らにとってモノの正体は、いつも頭の中を渦巻いているらしく、それをただ取り出しさえすればよいのだろう。

これらの作品を、ひたすら美しいと思うことがある。ただ恐ろしいと思うことがある。眩暈をおぼえることがある。しかし、どんなに優しく描かれている絵の中にも、本能を剥き出しにした放心の空しさが漂う。衆人の壁に囲まれた闇が拡がる。
彼らはひたすら何かを造ることによって今を生きているので、そこから紡ぎ出されたものは、済んでみればただの廃棄物でしかない。ぼくは違う。ぼくは自分の作品を人に見せたい。おそらく無人島に住んだら、ぼくは一枚の絵も描かないのではないか。
そうだ、この人たちは無人島に棲んでいる。強いのか、弱いのか。歌をうたった人は帰るとき、ぼくの方を見てにやりと笑った、ような気がした。

一冊の本(朝日新聞出版)2008年9月号、p.4 野見山暁治アール・ブリュットの作家たち」(巻頭随筆 一冊の本)

野見山暁治が見た展覧会ではないが、3年前にハウスオブシセイドウで見た「生の芸術アール・ブリュット」展には圧倒させられた。作品を前に、ただただ茫然とするしかなかったのだが、今度は、それを言葉で説明できる野見山暁治に感心した。


http://www.shiseido.co.jp/house-of-shiseido/html/archive_0509.htm
http://www.channelj.co.jp/business/corporate/shiseido/movies/shisei_brut10_j_092705.html
上のは、私が見たもの。どちらのサイトも作品があまり見られないのは残念(あっても小さいし)。

080916-140